2019.01.18 |今治の水と、人の手でつくった おいしいお酒。|今治レポート Vol.12

今治の水と、人の手でつくった
おいしいお酒。

八木酒造部

YAGISYUZOUBU

1831年(天保2年)、愛媛県今治市にて創業。創業以来、品質一筋の酒造りに情熱を注ぎ、現在、8代目社長八木伸樹氏の改革のもと、愛媛県産米にこだわった酒造りを進めている。代表銘柄の『山丹正宗』は、全国新酒鑑評会で金賞を多数受賞、2014年ANAファーストクラスに採用、国内外からも高い評価を得ている。

蒼社川の水は、 お酒づくりに適している。

「山丹正宗」というお酒をご存知でしょうか。吟醸酒が2014年ANAのファーストクラスに採用され、全国新酒鑑評会では毎年のように金賞を受賞。また、世界10カ国に輸出されているというこのお酒、実は江戸幕末から今治でお酒を作り続ける老舗「八木酒造部」で作られているのです。
山丹正宗

そして、この山丹正宗の水は、今治タオルを作っているのと同じ蒼社川の伏流水。そんなご縁もあって、今回のIMABARI LIFEは、今治市にある八木酒造部を取材してきました。

初めまして。私たちも、今治に来るたびに「山丹正宗」いただいています。フルーティで飲みやすく、味わいもしっかりと感じられるおいしいお酒ですよね。
八木伸樹社長(以下、敬称略):ありがとうございます。今治では、スーパーや居酒屋にもよく置いていただいています。
こちらのお酒は今治タオルをつくっているのと同じ蒼社川の伏流水でつくっているとお聞きしました。
八木:そうなんです。江戸幕末に、水のいい場所に酒蔵を建てたんです。
あ、この敷地から水が出るんですか? ここ、今治ではかなり都心ですよね?
八木:はい。ここが蒼社川の濾過されきった、一番下流の端っこくらいにあるんですよ。少し行くともう海水になってしまう。 ちなみに、昭和天皇が愛媛に来られたときには、うちの水でお茶を飲まれたらしいです。
昔から名水として有名だったんですね。お酒を造るにも適した水質なんでしょうか?
八木:おいしいお酒は、だいたい中軟水でつくられています。やわらかすぎると酵母を育てるミネラルが足りないし、硬水まで行っちゃうと飲みづらいお酒になってしまうので、適度なやわらかさがいいんですが、蒼社川の水はまさにそういう水なんです。

愛媛県高縄山系を源流とする蒼社川。
今治タオルの晒しや染めも
この水で行なっている

帰ってきて挑戦した、 地元米でのお酒づくり。

そんな老舗の8代目に産まれながら、八木社長はすぐにはここを継がなかったんですね?
八木:はい。大学卒業後はIT会社に勤め、コンサルタントのお仕事をしていました。8年経って、そろそろ帰らなきゃいけない空気もありまして(笑)。
帰ってきてから、さまざまな改革にチャレンジされたとのことですが。
八木:日本全国にこれだけたくさんいいお酒がある中で、どうしたら生き残ることができるのか考えて、そのひとつが、地元の素材にこだわることだったんです。毎年少しずつ試してみて、いまは大吟醸以外の銘柄は、すべて県産米を使用しています。
確かに今治に来たら、地元のお米でつくったお酒が飲みたいですもんね。

吟醸酒には、地元今治市が主な産地である「松山三井」を使用

人の手間をかけないと、 おいしいお酒はつくれない。

工程を見せていただいて、かなり手間のかかる作業なんだなと感じました。
八木:そうですね。お酒づくりには、精米→洗米・浸漬→蒸米→麹づくり→酒母づくり→仕込み→発酵→搾り→濾過・熟成の工程があって、このうち今回は、洗米、蒸米、麹造り、酒母造り、仕込みの工程を見ていただきました。うちは先代からそうなのですが、大手さんの大量に作って安く売るお酒に対抗してもやって行けないので、少量でもいい、おいしいものを作るというところに価値を感じているんです。 たとえば「蒸米」という工程では、昔はもっと大量に米を蒸していたのですが、それだと蒸したお米の品質が良くならないので、少しずつ甑(こしき)で蒸すやり方に切り替えました。
洗ったお米を甑で蒸す「蒸米」。

洗ったお米を甑で蒸す「蒸米」。

蒸したお米は、スコップでかき出し、
その後冷却

ちょっとずつ、いいものを作ると決めたわけですね。さきほど社長自ら秒数を計っていたのは何ですか?
八木:「洗米」のときですね。米を洗って水に浸すんですが、その水に浸す秒数をカウントしていました。

水に浸す秒数を正確に計りながら行う「洗米」の作業

意外と厳密な作業なんですね!
八木:はい。浸す時間は使う米によっても変わります。
そういうすごく化学的な感じもあれば、職人技なところもありました。大きなタンクの上に足場が組まれていて、その上を職人さんがひょいひょい歩いていたのはすごいなと。大工さんみたいだと思いました。
八木:「仕込み」の工程ですね。蒸したお米と、麹と、水を混ぜる大切な作業です。職人は毎日やってるので、もう慣れたもんですね。
あれ、私たちも上に乗ってみましたが、2〜3メートルくらいの高さがあったので、めちゃくちゃ怖かったです。

蒸した米と麹と水を合わせる「仕込み」

昨今は、コンピューターでお酒を管理する製法も話題になっていますよね。そういう製法に関してはどうお考えですか?
八木:うーん、よく大手のお酒がITで醸造しているなどと言われていて、すべて機械でつくっているように思われている方もいるんですが、そんなことはないんです。僕はこちらに帰ってきた当時、大手の酒造にも見学に行ったんですが、味がぶれないように分量やタイミングのノウハウをコンピューターで管理しているだけで、ひとつひとつの工程は、やはり手作業でしたよ。
おいしいお酒にはやっぱり人の手は大事だということなんですね。
八木:そう思います。手間をかけて、少量ずつ造らないと本当においしいお酒はできないんです。

蒸米、水、麹に酵母を加える
「酒母造り」

蒸したお米に麹をふりかけ、
繁殖させる麹づくり。

そのわりには山丹正宗ってそんなに高くないですよね?
八木:そうですね、これは仕方ないんですけど、日本に1000以上のメーカーがあって、どんどん縮小している市場でひしめいているので、市場の価格が低くなってしまってるんです。お酒の一番売れる価格帯は、東京だと1500円くらい、こっちだと1000円前後くらい。本来かけている労力を考えると、もっと高くあるべきものなのですが、それができない状態ですね。なかなか厳しい業界なんです。

コンクールで賞を取るのも、 おいしさを伝えるため。

山丹正宗は、コンクールで賞もたくさん取られていますよね。
八木:賞を取るのも、自分たちの研鑽のためというのもあるんですけど、将来のためというのも大きいです。嗜好品なので、何かお墨付きがあると安心感がある。日本酒業界って、自分で一生懸命おいしいと言っても信じてもらえない、究極のクチコミマーケティングの世界なんです。獺祭や黒龍など、いまおいしいとされているお酒のCMって、見たことってないじゃないですか。 僕が一生懸命『おいしくできました!』と言っても、「あなたが言ってるだけでしょ」となるんですけど、賞をいただくと、これは認められたお酒なんだ、と思っていただけるようなところがある。
本当にいろいろ戦略的に考えてらっしゃるんですね。ANAのファーストクラスにも選ばれたのは、どういう経緯だったのですか?
八木:2014年に、『ワイングラスで美味しい日本酒アワード』で最高金賞をいただいたんですが、その最高金賞をとった9点のうち3点がANAのファーストクラスに採用されるという副賞があったんです。
その3点に選ばれたわけですね。
八木:そうですね。嬉しかったです。全日空やJALがどれだけ頑張ってブランド構築したかということだと思うんですけど。やはり航空会社に選ばれると、爆発的に売れますね。

ANAファーストクラスに採用された
吟醸酒(右)と、
海外で売れている「しずく媛」

海外にも進出されていますよね。
八木:10年くらい前から、海外で売りたいなと思いまして、最初はあてがなくてもとりあえず上海に行って、販売所を探して、地道に売り込んでいったんです。 いまでは10ヶ国で販売されるようになりました。中国・香港・台湾あたりが量的には多いのと、最近ではカナダが増えています。
社長、努力してますね! 海外では日本酒が売れる土壌ができてきたのでしょうか?
八木:和食ブームが来ているので、日本酒業界は全体が伸びています。そういう意味では売りやすいですね。
ちなみにどの銘柄が一番売れてるんですか?
八木:国によって好みはまちまちなんですよ。ワインをよく飲む国と、アジアではまた違いますし、売れる価格帯も国によって違います。例えば、中国人が好きなのは純米吟醸ですね。うちで言うと『しずく媛』という純米吟醸酒で1450円のものが比較的よく出ています。フルーティで、かつボディがしっかりしていて、白ワインのような感じで、お食事に合うお酒です。
ANAのファーストクラスに採用された吟醸酒も、「ワイングラスで美味しい日本酒」アワードを取られたということは、海外で人気なのでは?
八木:あれはどちらかと言うと、より香りが華やかで、飲み口はさらっとしていて、ボディは線が細い感じ。食前酒か、スターターにいいお酒ですね。
これからさらに世界に出て行くんですか?
八木:でも私ひとりでは限界もあるので、あとはアメリカ・イギリスに行けたら、もうそれ以上は広げず、それぞれの国との関わりを深くして行くという方向に行きたいなと思っています。
たしかに会社の人はそんなに多くない印象ですね。さきほどお酒づくりをなさっていたのは、みなさん従業員の方々なのでしょうか。
八木:はい。全員うちの従業員なのですが、実はそれは今年からなんですよ。去年までは、いわゆる季節雇用の杜氏に来てもらって、うちから委託して、うちの設備でお酒を作ってもらっていたんです。何が違うかというと、どんどん変えていけるようになった。設備を変えたり、試行錯誤しながらやっていけるようになりました。
では、これからまた美味しくなっていくんですね。
八木:はい。これからどんどん酒質を上げていきたいなと思っています。
楽しみです。今日はありがとうございました。

八木酒造部の酒造りに携わるみなさん。
左から2番目が杜氏。

株式会社八木酒造部 
ホームページ:
http://www.yamatan.jp/

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