TOWEL STORY05
ホテルのタオルを作る技術と、
「すごい」を生みだすアイデア。
正岡 裕志(まさおかひろし)氏
正岡タオル株式会社代表取締役社長。今治市生まれ。明治学院大学卒業後、株式会社ナストウ(現(株)ナストーコーポレーション・大阪)で修行。 1990年、父が社長をつとめる正岡タオル株式会社入社、1998年12月より代表取締役社長に就任。三代目社長として伝統と革新を織り交ぜた経営をしながら、今治市の地場産業である「今治タオル」を活性化すべくリーダーシップをとる。 大の中日ドラゴンズファン。
「こんなもんタオルやない」と言われたタオル
「すごいタオル」というタオルがある。数々の人気商品がひしめく今治タオルブランドのなかでも高い人気を誇り、吸水性が高く、驚くほど柔らかい。
このタオルを作っているのは、正岡タオル。大正10年に創業し、伝統的にホテルのタオルを請け負ってきた老舗メーカーだ。
「すごいタオル」が売れているのは、どうしてだとお考えですか? 正岡裕志社長に尋ねると、即座に答えが返ってきた。
「すごいから(笑)」
一般的にタオルというのは、吸水性がよくて軽いものがいいとされる。しかし、実は「吸水性」と「軽い」は相反する概念だ。パイルを長くすれば吸水性は上がるけれど、そのぶんタオルは重くなる。パイルを短くすれば、水を吸ってすぐぺしゃぺしゃになる。
「軽くて吸水性がいいタオルはないの?ってよく聞かれますけれど、昔の僕は二つ返事で『ないです』と答えていました」(正岡氏)
ところがあるとき、すごい糸が開発された。クラボウ(倉敷紡績株式会社)のスピンエアーだ。糸の中心が空洞になっているもので、それをパイルに織り込み、ループを長くしてタオルを作ると、ボリュームのわりには非常に軽いタオルを作ることができた。
「すごいタオル」に使われるクラボウのスピンエアー。
先代社長が守ってきた製法へのこだわりは、横糸の本数を多めに入れ、密度の高いタオルを作ること。スピンエアーでそのルール通りに作ると、軽くてしっかりしたタオルができたので、しばらく満足して作っていた。
しかしその頃、横糸の本数を少なめにすることで、柔らかく仕上げたタオルを出すメーカーもあった。本当はそうした作り方のほうがスピンエアーの特性も生かせる。そう考えた正岡社長は、試しに横糸の打ち込み本数を思いきり減らしてみたら、もっと軽くて柔らかいタオルが誕生した。
「やってはいけないことをやったらできたのが、『すごいタオル』だったんです」
できたタオルを使った瞬間に、「すごい」という言葉がでた。そこで「すごいタオル」という呼び名をつけた。尊敬する父でもある先代社長・正岡清志氏に「使ってみてや」と渡してみた。
「そしたらうちの親父、なんて言ったと思います? 『こんなもんタオルやない』って放り投げたんですよ。息子がいいタオル作ったら、普通褒めてくれません?(笑)」
「横糸本数を抜くのは手抜き」という哲学を持っていた父には、理解してもらえなかった。
「でもうちの母は、やっぱりタオルには辛口な人なんですけど『このタオルよかったよ』と褒めてくれたんですよ。それから1ヶ月後『父ちゃん使い始めたよ』と言うので、父に『あのタオル使ってるんやて』って聞いたら『それがどうしたんや』って言うじゃないですか(笑)。『こんなんタオルやないって言ったやないか』と言うと『わしはそんなこと言ってない』で、終わりです(笑)」
褒めるということを知らない父だった。
しかし、先代は、それから亡くなるまでの7年間、「すごいタオル」を使い続け、自分の友人や知り合いに「うちの息子が作ったんよ」と紹介してくれたという。
「正岡さんが変なタオルを持ってきた!」
そんな「すごいタオル」だが、その頃は問屋に持っていっても、「ノーブランドの真っ白なタオルが、5000円で売れるわけない」と門前払いされていた。それから間もない2006年、佐藤可士和氏がブランディングプロデューサーに就任し、今治タオルブランドが立ち上がった。今治タオルのオフィシャルショップに何かタオルを出すように言われ、正岡タオルが最初に出したのは、「すごいタオル」ではなく、「すごいホテル仕様」というタオルだった。
5つ星ホテルのタオルをご家庭で味わえる「すごいホテル仕様」
「やっぱり『正岡タオルといえばホテル』ということで、国内の高級ホテルに卸しているものより一段上のタオルを作って、ご家庭で使ってもらおうと考えました。大きさも5つ星ホテルの大判サイズ、外国人にも満足いくボリュームで、ピマ綿という高級な糸をガス焼き加工した超特別品で作ったのが『すごいホテル仕様』です。それが弊社にとって最初の今治タオルブランド商品でした」
バスタオル5000円、フェイスタオル1500円という高価な値段の今治タオルを売ったのは初めてだったが、月に5万円程度、それなりに売り上げがあった。
あるとき、正岡の従業員が「すごいホテル仕様」をショップに搬入しようとして、間違えて「すごいタオル」を持っていってしまったことがある。
「当時の店長がびっくりして、『正岡さんが変なタオルを持ってきた!』と(笑)。『社長これいいわ。置かせて』と連絡してきました」
それが、すごいタオルのショップデビューだった。そこからはあれよあれよと売れていき、今治タオルブランドの知名度が上がるにつれ、「すごいタオル」は百貨店で品切れになるほどの人気商品になっていった。
苦労して商標登録も取得した「すごいタオル」
ホテルのタオルを裏切ることはできない
先代の頃から、ホテルのタオルを作ってきた正岡タオルの最初の転機は、バブル後、価格破壊が起こったときだった。それまではホテルも「値段に糸目をつけないから、いいタオルを」という感じが主流だったのに、「とにかく安いもん持ってこい」と変わってしまった。それまで正岡タオルが担っていたホテルのタオルの注文が、みるみるうちに他のメーカーへ流れていく。先代社長に相談すると、
「『うちはいい糸使って、いい品質のものを作ってるんだから、高く売ったらいいやろう』と(笑)。お前は、それをやるのが仕事やと言われました」
手を抜いたり、クオリティを下げることが大嫌い。いいタオルを高く。それが先代の考え方だった。それでも高級ホテルは使ってくれたものの、普通のホテルはどんどん正岡タオルから離れていく。そこで正岡タオルは、ブランドのOEM生産に活路を見出した。先染めの違う織り方も勉強して、違う仕様のタオルも作れるようになっていた。
そこへ、さらに転機が訪れた。2003年に開業した五つ星ホテル・グランドハイアット東京に採用されたのだ。時流は、中国産の安いタオルを使うホテルと、国産のいいタオルを使うホテル、両極端になっていく。そこへ今治タオルブランドが噛み合い、一流のホテルは今治でタオルを作るところが増えていった。
しかしホテルのタオルは、薄利多売で利幅があまりない。今治タオルブランドが成長するにつれ、ホテルのタオルの生産をやめていく会社も多かった。そんななか正岡タオルは、繁忙期になると「すごいタオル」を止めて、ホテルのタオルを作っていたという。
「『すごいタオル』は待ってくれるけど、ホテルのタオルがないと宿泊者が困るじゃないですか」
ホテルのタオルで成長してきた会社だから、ホテルのタオルを裏切ることはできない。ホテル、タオルを洗うリネン屋、問屋、メーカー。どれひとつ欠けてもダメで、4者が一丸となって品質を維持しないといけない。いろんなホテルを見てきた経験から、「御社はこういうタオルがいいのでは」というアドバイスもできる。先代から受け継いだ『ホテル=正岡タオル』という看板を、次の世代にもバトンタッチし、なお進化させてもらいたい。それが正岡タオルの使命だと思っている。
「ちょっとカッコ良すぎたかな(笑)」と、正岡氏は笑う。
タオルを作るのが本当におもしろいんです。
この正岡タオルの品質を支えているのが、「筬打ち(おさうち)」という機構の織機だ。横糸を打ち込むときに布が動く「布打ち」という機構の織機もあるが、おさうちの織機は筬(おさ)が動く。今治では布打ちを採用するメーカーも多くあるが、正岡タオルにある48台の織機のうち36台はおさうちだ。スピードは布打ちの方が速いが、筬打ちはパイルを長くでき、打ち込みもしっかり入るから、ホテルのタオルのようなしっかりした品質や「すごいタオル」のようなパイルが長いタオルも作ることができるのだ。
先代社長が気に入り、イタリアから取り寄せたという筬打ち織機。
タオル作りに関して正岡氏がこだわっているのは、世にないタオルを作ること。2007年ごろは発想があふれでて、ポンポンと連続で新作ができた。そのひとつは、「O・H・T」というタオル。
「オレが・惚れた・タオルの略です(笑)」
O・H・Tは、南米ペルーのタンギス綿という綿を使っている。繊度の大きい太い糸で、この糸を使って作ったタオルは、柔らかいけれどもちもちした弾力性がある。「これいいやん」と惚れたタオルだったO・H・Tのロゴには正岡氏のイラストが入っており、このロゴでエコバッグやステッカーも「冗談で」製作した。
正岡氏のイラストが入ったO・H・Tのロゴ。
もうひとつは、「すごいタオルうふ」。すごいタオルと同じスピンエアーを使っているが、より糸を細くして、もっと柔らかくしたタオルだ。
「持った瞬間に「うふ」となるんです(笑)」
何回洗ってもへたらず、ループがモコモコと立ち上がってくるのも特徴だ。
商品開発は、正岡氏自らが発案し、名前もつけてしまうのだという。
「タオルを作るのが、本当におもしろいんです。作ろうとして作っていないんですよ。ひょっとしたはずみでできてしまうんです。で、はずみで名前もつけてしまう(笑)」
そんな正岡氏は、2021年から今治タオル工業組合の新理事長に就任。週の半分くらいは組合活動に勤しんでいるという。
「理事長になって、産地を守るという自覚ができましたね。メーカーブランドを盛り上げるアイデアも出していかなくてはいけないし、タオル屋だけが残るのではなく、産地全体が残っていかないといけないと思っています」
終始、茶目っ気とサービス精神にあふれていた正岡氏。これからの今治タオルは、いっそう軽やかに進化していくことだろう。
正岡タオル公式ホームページ
http://www.masaoka-t.jp/
正岡タオルオンラインショップ「TRUE TOWEL」
https://true-towel.shop/